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2010年5月 6日 (木)

[コラム] Bent Jensen 来日: アジャイル開発に適した契約 ~ ハイブリッド契約の例

先月、 デンマークの BestBrains 社からの視察団が来日されていました。 同社 Director である Bent Jensen 氏のプレゼンからハイブリッド契約方式を少しご紹介します。

BestBrains 社はアジャイル開発のコンサルティングをやっている会社で、 日本のアジャイル開発の現状や製造業を視察するために何度も来日しています。

[2008年]
ITmedia オルタナティブ・ブログ: An Agile Way: BestBrains がデンマークから Change Vision に来社

[2009年]
fkino diary(2009-08-24): Agile2009セッション紹介 Thursday AM編 ~ "Experiments with Agile Contracts in the Real World"

そして今年、 2010年は 4月の第3週から 4週に掛けて来日。 残念なことにアイスランドの噴火のため、 日にちをずらして来日予定だった一部のメンバーが来れなくなってしまったそうです。 公式日程の記録は、 Roots of Lean サイトの Blogs from Spring trip 2010 (英語のページ) で公開されていて、 FANUC のロボット製造工場や東邦チタニウム (ウルシステムズの一橋氏がアジャイル開発を成功させたところです) などを精力的に見て廻られたようです。

来日中の講演は、 まず 4月 20日に上野で開かれました。

・ こくちーず: 上野deナイト ~SAMURAI meets VIKING Returns~
・ kawaguti の日記: 上野deナイト ~SAMURAI meets VIKING Returns~
・ AgileUCDja - Agile UCD Japanese Study Group: アジャイル開発の契約方法

AgileUCDja の記事にありますように、 昨夏開かれた Agile 2009 で発表した内容 (英文) をリピートしてくださったようです。

そして離日の前夜にあたる 4月 23日、トヨタ OB である黒岩惠 (くろいわ さとし) 氏のご尽力により、 名古屋でもプレゼンをしていただけました。 Bent Jensen 氏と Emil Jensen 氏、 大使館と通訳の方、 黒岩氏とチェンジビジョンの平鍋氏、 そして私を含む地元の開発者など 10名ほどが参加し、 黒岩氏からは TPS (トヨタ生産方式) について、 Bent Jensen 氏からはアジャイル開発の契約方法について、 お話を伺うことができました。 ( 平鍋氏からも、 Bent Jensen 氏の前振りとしてお話いただいたのですが、 あまり良く覚えていません。 もうしわけない。 )

さて、 そのプレゼンで Jensen 氏から説明のあった、 BestBrains 社で実績を上げている契約方法とは。
ひとことで言うと、 固定額契約と工数比例契約のハイブリッドです。

簡単には、 上記 AgileUCDja のページで説明されています。
詳しくは Jensen 氏の論文とスライドがあります (英語です)。
論文: Collaborative Agile Contracts (Lars Thorup, Lars Thorup)
スライド: Collaborative Agile Contracts

この春 IPA SEC (情報処理推進機構 ソフトウェア・エンジニアリング・センター) から公表された 「非ウォーターフォール型開発に関する調査」 の調査報告書にも紹介されていますので、 そこから一部引用しておきます。

非ウォーターフォール型開発に関する調査 調査報告書
平成22 年3 月30 日
独立行政法人情報処理推進機構 ソフトウェア・エンジニアリング・センター

(p.173-174)
この契約方式は、 以下の特徴を持つ対象としている開発プロジェクトを対象としている。

  • サプライヤが反復的にソリューションを開発し、 詳細について段階的に解決できるもの
  • プロジェクトの全体を通してハイレベルの開発品質を保つもの
  • 協調的な作業と、 プロジェクト全体に有利に働くソリューションの提供の努力に関するインセンティブを顧客とサプライヤに与えるもの
  • 適正な規模の機能性によりプロジェクトを早期に終了させるインセンティブを顧客とサプライヤに与えるもの

BestBrains 社が用意した新しい契約では、 以下の項目を定義している。

  • ある種のビジョンステートメントを数段落で粗く記述したスコープ
  • 純粋の Time and Material 契約における通常の費用から比べると10~50% に相当する時間単価
  • 定額の支払を行うためのマイルストーンの集合。 それぞれのマイルストーンでは、 その時点で顧客がソフトウェアのデプロイを実際に実施することが、 完了基準となる。
  • アジャイルプロセスに従った開発プロセス
  • プロジェクト全体と個々のマイルストーンに関する暗黙的な時間フレーム

この契約では、 プロジェクト費用に関して、 時間単価のほかに完成時費用を採用している。 時間単価と完成時費用は、 プロジェクト規模に従って算定される。 具体的には、 全体費用を時間単価分と完成時費用分に配分する

結果から、 時間単価は、 通常の Time and Material 契約の 50% 程度に設定することで、 顧客は速い time-to-market を目指すことになるとの分析を行っている。

「Time and Material 契約」 というのは、 いわゆる工数契約です。 掛かった工数に比例して支払ってもらうやり方ですね。
そして、 BestBrains 社では何回か試してみたところ、 見積もり金額の 50% を工数比例で、 残り 50% を完成時に支払ってもらう、 という契約形態がよさそうだと結論付けています。

具体的にはどうなるか、 50% の場合を例に説明してみましょう。 分かりやすいように、 見積り金額を 100万円とします。

まず、 Fixed price 契約、 すなわち固定金額の契約の場合です。 (グラフ内、 赤線)
20100506_agilecontract01a 
この場合、 実際に掛かった工数とは関係無く、 顧客の支払いは 100万円で固定です。 すると、 顧客側はより多くのものを得ようとしてグラフの右へ、 すなわちより工数の掛かる方向へ持っていこうとします。 開発側は、 逆により工数を掛けない方向 (利益が増える方向) であるグラフの左へ行こうとします。

次に、 Time and Material 契約、 いわゆる工数比例契約ですね、 準委任契約とも言いますが、 その場合。 (グラフ内、 青線)
20100506_agilecontract02a 
さっきとは逆で、 顧客側は同じ物をより安く得ようとしてグラフの左下方向へ持って行こうとします。 開発側は、 工数を掛ければ掛けただけ、 比例して利益も増えますから右上へ行こうとします。

以上どちらの場合も、 顧客と開発側の望む方向が逆なので、 いずれにしても軋轢が生じます。

では、 50% のハイブリッドの場合。 (グラフ内、 緑線)
20100506_agilecontract03a 
まず、 見積り通りの工数で完成した場合は、 支払う額も見積り通りの 100万円です。 その内訳は、 完成時費用 50万円と、 工数比例額 50万円です (50% ずつ)。
次に工数が余計に掛かった場合、 たとえば 150万円分 (50% 超過) 掛かったとすると、 支払額は 125万円になります。 内訳は、 完成時費用 50万円と、 工数比例額 75万円 (50% 増加) です。 顧客は 25万円余計に支払い、 開発側は 25万円の利益を失います。
そして工数が見積りより少なくて終わった場合、 例えば見積りの半分で済んだ (50% 短縮) とすると、 支払額は 75万円になります。 内訳は、 完成時費用 50万円と、 工数比例額 25万円 (50% 減少)です。 顧客は支払いが 25万円少なくて済み、 開発側は 25万円の利益を余分に得ます。
したがって、 ハイブリッド方式では、 顧客側も開発側もグラフの左下へ行こうとするわけです。 つまり、 工数を減らそうとする方向で協調できるわけです。

ところで、 この BestBrains 社の方法の他にも、 アジャイル開発に適しているであろう契約方法がいろいろと提案されています。 興味のある方は "10 Contracts for your next Agile Software Project" (英文) の紹介記事 「InfoQ: アジャイル・ソフトウェア開発における契約」 や訳文 「次のアジャイルソフトウェアプロジェクトに使える10の契約」 を読んでください。

日本ではどのような契約方法が良いのかはまだまだ分かりませんが、 顧客側と開発側の利害が一致するような契約でなければアジャイル開発は上手くいかないのは確かだと思います。

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